【医師解説】ヘルメット治療とは?専門クリニック院長に聞いてみました

目次
解説頂いた先生

赤ちゃんのあたまのかたちクリニック院長
高松 亜子 先生
資格 一般社団法人日本専門医機構 形成外科専門医
日本形成外科学会 領域指導医
(小児形成外科分野、再建・マイクロサージャリー分野指導医)
国際森林医学専門医
所属学会 日本形成外科学会正会員
日本美容外科学会(JSAPS)正会員
日本頭蓋顎顔面外科学会正会員
日本マイクロサージャリー学会正会員
日本性科学会正会員
経歴 久留米大学医学部卒業
久留米大学病院勤務
古賀病院勤務
慶應義塾大学病院勤務
埼玉医科大学総合医療センター勤務
Freie Universitat Berlin 薬物毒物学研究所研究員
Universitalier de Bordeaux 形成外科客員医
埼玉医科大学総合医療センター講師
慶應義塾大学医学部形成外科非常勤講師
国立研究開発法人国立成育医療研究センター勤務
目黒駅前ビルクリニック院長
川崎市立川崎病院 形成外科勤務
赤ちゃんのあたまのかたちクリニック院長
Q. 高松先生は日本で初めて赤ちゃんの頭のかたち専門クリニックを2019年に開設されました。 先生のクリニックで行われている「ヘルメット治療」とはどのような治療なのでしょうか?
世界で初めてのヘルメット治療は、1979 年にアメリカの小児科医 Clarren 博士によって行われました。筋性斜頚が原因で首が傾いたまままっすぐ向くことができないお子さんに生じた頭蓋変形をかたどりしてヘルメットを作成し、ヘルメットの除圧効果によって頭蓋を変形させ、同時に付属のゴムバンドを牽引して首のストレッチを行う目的で開発されたものでした。
赤ちゃんをどのように寝かせるか?は、民族や地域によって異なる育児文化の伝統によるところが大きいものです。
例えばオランダやドイツではもともと仰向け寝でしたが、1960年代ごろからうつぶせ寝を推奨する医師達が「吐き戻しによる誤嚥を予防する」「発達が早くなる」と主張したことからうつぶせ寝が主流になった時代がありました。当時も斜頭症が存在していましたが、頻度も少なく程度も軽度というものが多く、重度の斜頭症といえば先天的や病的な原因によるもの、顔面の変形を伴うものを意味していました。
アメリカでは、伝統的にうつ伏せ寝が主流でしたが、1992年にアメリカ小児科学会が、乳幼児突然死症候群(SIDS)の撲滅対策として「Back to Sleep Campaign」を行って、乳児をあおむけ寝にするように推奨し、死亡率が激減したことが知られています。
一方で、早期運動発達の遅れと、乳児の頭のゆがみ変形が急増、300人に一人だったものが18~40%の赤ちゃんの頭が変形するという現象が発生して新たな問題になりました。命を助けるためであったとはいえ、保護者にとってみれば自分たちの赤ちゃんたちの頭に起きた見たこともない変形は医療政策の副作用とも思えたことでしょう。
そこで1988年に開発されたバンド型の装具 (DOC Band®)によって頭の形を治療する方法が注目を浴びるようになりました。これは赤ちゃんの頭がゆがんで膨らみすぎてしまった変形部分に圧をかけて、頭蓋冠と頭蓋底の非対称性を治療するというもので、負荷をかけるという原理だったために1週間毎に調整を繰り返し、治療終了までの数カ月間に数個のバンド型ヘルメットが必要でした。
長期にわたり乳児が装着するため、正常発育を妨げる可能性を危惧したアメリカ食品医薬品局(FDA)が製品の認可を行うこととなり、1998年に初めてCranial Technology社のこのバンド型の圧をかけるタイプの装具が認証されました。
30年を経て現在までに約100品目の矯正ヘルメットあるいは矯正バンドがFDAから医療機器としての認可を受けています。
翻って日本でも1987年ごろから、うつぶせ寝育児が大流行しました。姿勢やプロポーションが良くなる、頭の形や顔立ちが立体的になる、発達が早く自立心が養われるなど、うつ伏せ寝は西欧の進んだ育児方法であると報道されました。ちょうど現在のご両親が生まれたころで、私の世代の育児ですので懐かしく思い出されます。その後、日本でも乳幼児突然死症候群対策としてあおむけ寝が推奨されるようになると、その流行も自然に下火になりました。
日本では伝統的に仰向け寝に寝かせていたことから、乳児の頭のゆがみや、いわゆる絶壁は当たり前のことと捉える意見も多いのですが、その陰では青少年期になっても変形が残り、いじめの被害者になったり、コンプレックスを抱く成人も散見されます。実際、私も大学病院形成外科の勤務医だったころに、事故で頭蓋陥没が残ってしまった青年が偏見のために就職が難しいからと頼まれて骨移植手術を行ったこともあります。「頭の形は髪型で隠せるし、審美的な問題だから気にするものではない」という意見があるのは良く知っていますが、逆に言えば変形を隠す髪型しか選べない不自由さが常にあるということを教えられた経験です。
2007年ごろより、アメリカでの治療方法が日本でも少しずつ知られることになりました。2011年より国立成育医療研究 センター感覚器形態外科・形成外科(金子剛部長・副院長)主導でミシガン大学式頭蓋形状矯正ヘルメットを用いた治療についての臨床研究が始まり、日本での効果と安全性が確認されました。2014年には日本形成外科学会からの要望で厚労省の「医療ニーズの高い医療機器等の早期導入に関する検討会」で医療機器として優先審査品目に指定され、このヘルメットが2018年に頭の歪みを治療するヘルメット治療用のデバイスとして初めて、薬事法での管理医療機器(クラスII :人体へのリスクが少ないもの)として厚労省の認可を受け、現在までに7品目の頭蓋矯正ヘルメットが承認を取得しています。
私のクリニックで行っているヘルメット治療は、あとでお話しするその他の治療方法では効果が無かった、あるいは効果が見込めないと思われる患者さんに対して、これらの医療機器や治療用装具を使用してもらい、赤ちゃんの頭の形を良くするというものです。
ひとつの製品にこだわらず、形の違いや保護者のニーズにあったヘルメットを選んでもらえるように複数の種類のヘルメットを用意しています。
赤ちゃんの頭の変形は知識によって予防するに越したことはないのですが、一旦できてしまった変形を回復させる方法としてヘルメット治療は安全で、かつ、短期間で確実性の高い治療方法です。その効果、すなわち髪型の自由を享受できる期間がとても長いことも、優れた治療方法だと思います。
■治療の原理
各社のデバイスは、製品によって形状や素材、治療原理(除圧か加圧か)などそれぞれ特徴を謳っています。いずれにしろヘルメット型あるいはバンド型のいわゆる治療用装具です。
ベビーバンドのように除圧タイプのものは、赤ちゃん自らの頭蓋成長を原動力としてヘルメットの形状に誘導します。ヘルメットの中では平坦部分が除圧されるので成長が促進され、ヘルメットが接触している部分では成長を待機してもらっています。
古代文明の人工頭蓋変形から想像されるような、外圧をかけた、痛みを伴う矯正を行うものではありません。
Q. 赤ちゃんの頭の成長が原動力ということですが、ヘルメット治療を開始するタイミングはいつごろが望ましいのでしょうか?
おおむね首がすわったころから開始できます。6か月未満で開始することが望ましいとされています。それより遅いタイミングで開始すると、あたまの成長スピードが落ちてくるため効果が得られにくくなってきます。
Q. ヘルメット治療の対象となる頭のゆがみはどういったものがあるのでしょうか?
■斜頭:
出生後の向き癖で生じた、後頭部の片方に扁平な面ができてしまった状態です。
■短頭:
仰向けであまり動かず長時間寝るお子さんの後頭部の中央に平坦な面ができてしまった状態です。頭の前後の奥行が標準より短くなると短頭と言われます。このような場合にヘルメット治療は扁平な面に丸みが得られ、全体として頭のゆがみが緩和される効果があります。
ただし、生まれつき短頭型で後頭部の丸みもある特徴を、ヘルメット治療で長頭型に変えることはできません。
■長頭:
生まれつき頭の前後の奥行が長い特徴がある長頭はヘルメット治療の対象としては効果がでにくい形です。
また同様に生まれつき側頭部が横に張っているいわゆる「おハチ」を平坦化させることはできません。
Q. 実際にヘルメット治療をすると、頭のゆがみは改善されるのでしょうか?
アメリカでの30年以上の歴史から、ヘルメット治療は効果があり、安全な方法であることがわかっています。
特に、変形性斜頭症の左右非対称性を改善する効果は、複数の頭蓋顔面変形治療センターから報告されています。
Q. 効果が高いことはわかりましたが、ヘルメット治療による副作用を気にしてます。 頭の成長が阻害されるとかそういったことはないのでしょうか?
治療中も医師の指示のもと適切に経過を観察されていれば、副作用で頭囲の成長が阻害されることはありません。また強い締め付けを行う治療ではないため、脳への圧迫等の影響もありません。
頭の成長が止まっているような場合は、からだへの栄養補給が十分足りていて身長体重が増えているか、サイズアウトしているのに気が付かず小さなヘルメットをかぶせ続けていないか、遅発性頭蓋縫合早期癒合症が発症していないかなどを診察します。
Q. 適切な治療効果をだすことや肌トラブルを防止するためのポイントを教えてください。
■装着時間:
1日23時間、すなわち入浴や汗を拭きとるなどの短時間のお世話以外はつづけて装着することが重要です。平均装着時間が短い場合には改善効果が鈍くなることがわかっています。ただしお子さんが熱を出している、かぜをひいて呼吸が苦しそうなどの体調不良時や、プールに入る、家族で記念写真を撮る、斜頚を合併しているお子さんの理学療法中などの場合には短時間外すことは問題ありません。
■清潔に保つ:
汗をかいているときは速やかに拭き取ったり、夏であればシャワーで汗を洗い流して保湿するなどのこまめなケアが肌トラブルを防止するためのポイントです。皮膚に触れる部分については、雑菌が増えないように洗ったり、アルコール除菌するとよいでしょう。清潔さを保つのが簡単なヘルメットを選択することが重要です。
Q. ヘルメット治療以外にも治療法はあるのでしょうか?
頭の形のゆがみに対してどうしたらよいかは、変形の原因と重症度によって異なります。
ご両親が頭の形のゆがみを発見すると、身近なご家族やおともだち、助産師さんや小児科の先生などに相談されると思います。ここで重要なのは、首がすわる前ごろまでに先天的(遺伝性、症候群性あるいは病的)変形ではないことが診断されることです。その場合は、以下の向き癖によって生じた頭の扁平化に対する治療方法では無効なばかりでなく、放置していると手術などの適切な治療を受ける機会を逃してしまう可能性があります。
病的な原因が否定された場合に最初に提案される方法は受動的体位変換です。頭蓋骨の平坦な部分にかかっている圧力を下げるために、体の向きを少し変えてみるという方法で、興味がありそうな音を鳴らしたり、抱っこの方向やベッドに寝かせる向きを変えたりして、向き癖をつけさせない工夫をします。
- 4か月未満のお子さんでは効果があります。すべての重症度の変形に対して行うことができます。
- 軽度の変形の場合には平坦な面が丸みを得ることで気にならなくなることも多いようです。
- 中等度以上の変形の場合には、平坦な面で頭の位置が安定してしまう収まり癖ができてしまい、ご両親がつきっきりで向きを直してあげても徒労に終わるということもあります。
より積極的な治療方法は、上半身の筋肉の発達を促して向き癖を治そうとする理学的療法です。タミータイム、タクティールケア、緊張している側のマッサージ、正中性を獲得させるための体操などがあります。
- 強い向き癖があるお子さんでは、首のすわりや寝返りの達成が遅れる傾向があります。また頚部の筋緊張の左右不均衡や先天性斜頚の診断が見落とされている可能性があります。このような場合、頭の変形が「自然には」治りにくい傾向にあります。
- この治療方法はすべての重症度の変形に対して行うことができます。軽度の変形の場合には平坦な面が丸みを得ることで気にならなくなることも多いようです。一方、中等度以上の変形の場合には、丸みを得ることができても、全体として歪んだ特徴までは改善することは難しいかもしれません。
理学的療法を行っていて月齢4か月になっても頭の形に改善が見られない場合に、頭の形を良くしてあげたいという場合はヘルメット治療を行うことを検討すべき時期だといえます。
一方、首がすわる前の時期に重度の変形へ進行してしまった場合には、青年期や成人になっても変形が残る可能性が高いため、ヘルメット治療を前向きに検討したほうが良いでしょう。
Q. ドーナツ枕など頭のかたちを直す製品がありますが、問題ないのでしょうか?
これらの製品は、乳児の頭の中央を想定した部分が丸く凹んだ形状をしているものが多く、主に姿勢を支えるために作られているものです。
治療効果があったという口コミをよく目にしますが、正式なプロセスで臨床実験を経た効果が公表されている製品をみたことはありません。変形性斜頭症や変形性短頭症がなぜ起きてしまうのか?を理解していただいていれば、やわらかい製品では後頭部の十分な除圧を行えているとは考えにくいと思います。首がすわるころになってくると、お母さまが目を離したすきに枕から頭が落ちていることも多いようです。
やわらかい製品が乳児の周りにあることで窒息の危険性が高まるとされ、アメリカでは使用禁止勧告がでています。
Q. 赤ちゃんの頭のゆがみに悩んだ場合、保護者の方はまず何をすればいいでしょうか?
赤ちゃんの頭のゆがみの解決には、それがどのような原因で生じているのか、どの程度の変形なのか、合併している病気はないか、いつどのような治療方法が適切か、まずは丁寧な診察と、ご両親の病態理解が不可欠です。
2011年に国立成育医療研究センターで私ども形成外科が赤ちゃんの頭の形を診察する外来を立ち上げようとしたときは、ナショナルセンターとしてはふさわしくないと倫理委員会からなかなか理解が得られませんでした。しかし、その外来の重要性が少しずつ認識され、現在では診察できる病院が増えてきました。ただし予防接種や乳児検診や他の病気の「ついで」に相談すれば、「片手間」の診察で終わってしまいがちです。単に医師に心配ないと言ってもらって安心したいのであればそれでも良いのですが、保護者の方が赤ちゃんの頭の形に悩んでいらっしゃるのであれば、治療をして効果がある時期は赤ちゃんの一生のうちで限られています。
病気ではないか診断を受けたり、ヘルメット治療をするかどうかを決心したり、ヘルメットの種類を選んだりするのにも、ご両親は短い期間にたくさんの情報を処理する必要があります。できるだけ早く行動して、知識の豊富な専門の外来へ相談してください。